Aメロは小さくて聞き取りづらいのに、サビになると急に飛び出す。MIXの解説を読むと必ず出てくるコンプレッサー(コンプ)を使えばいいらしい、ということまでは分かった。でも、つまみが4つも5つも並んでいて、何をどう動かせばいいのか分からない——。
この記事では、コンプレッサーを「音を大きくする道具」ではなく「音量差を揃える道具」として捉え直すところから始めます。そのうえで、自分の録音にムラがあるかを確かめる方法、つまみの決め方、そしてコンプでは揃えられない音量ムラ——現場でいちばん多い落とし穴について、正直にお話しします。
先に結論をお伝えします。コンプレッサーがやっていることは、たったひとつです。決めた音量より大きくなった部分だけを、自動で抑える。それだけです。
小さい部分を持ち上げてはいません。ここが最初のつまずきポイントです。「コンプをかけると音が大きくなる」と説明されることがありますが、正確にはこうです。
つまり、コンプで音が大きくなったように聞こえるのは「抑えた分だけ、全体を上げ直したから」です。この順番を理解しておくと、後で出てくる設定の話がぐっと分かりやすくなります。
人の歌は、思っている以上に音量が動きます。ささやくようなAメロと、張り上げるサビでは、音の大きさが何倍も違うことは珍しくありません。この差をそのままオケに重ねると、こうなります。
| 状況 | 起きること |
|---|---|
| Aメロの小さい部分に音量を合わせる | サビで声が飛び出して、うるさく感じる |
| サビの大きい部分に音量を合わせる | Aメロが聞き取れず、オケに埋もれる |
どちらに合わせても破綻します。だから先に音量差そのものを縮めておく。これがボーカルにコンプをかける理由です。オケとの音量比の考え方そのものは歌ってみたの音量バランスで詳しく扱っています。
設定の話に入る前に、そもそも自分の録音にどれくらいムラがあるのかを見ておきます。ここを飛ばして数値だけ真似すると、必要のない処理をかけてしまいます。
DAWや無料の波形編集ソフトで、1曲ぶんのボーカルトラックを表示します。見るのは「山の高さが揃っているか」だけです。Aメロの山とサビの山が、明らかに別の高さになっていればムラがあります。
オケと合わせて、途中で音量つまみに一切触れずに頭から最後まで聴きます。「ここだけ聞こえない」「ここだけうるさい」と感じた箇所をメモしてください。その箇所の数が、そのままムラの量です。
フレーズの語尾が消え入ってしまう、ロングトーンの後半が細くなる——これは息の使い方に由来するムラです。腹式呼吸の記事で触れたとおり、息が一定に流れている録音ほど、コンプは浅くて済みます。
3つとも問題がなければ、コンプはごく浅くかけるか、かけない判断もあり得ます。「かけるのが正解」ではなく「必要なぶんだけかける」が原則です。
コンプのつまみは製品によって数も名前も違いますが、中心になるのは次の4つです。順番に「どこから」「どれだけ」「どのくらいの速さで始めて」「どのくらいの速さで終わるか」を決めていると考えると整理できます。
| つまみ | 決めていること | 動かすとどうなるか |
|---|---|---|
| スレッショルド (Threshold) | どこから抑え始めるか | 下げるほど、より多くの部分が抑えられる |
| レシオ (Ratio) | どれだけ強く抑えるか | 数字が大きいほど、抑え方がきつくなる |
| アタック (Attack) | 抑え始めるまでの速さ | 速いほど、子音の勢いまで抑えられる |
| リリース (Release) | 抑えるのをやめる速さ | 速いほど、すぐ元の音量に戻る |
つまみの数値より先に見てほしいのが、ゲインリダクション(GR)のメーターです。これは「今この瞬間、何dB抑えていますか」を表示しているもので、コンプが実際に働いた量そのものです。
メーターがまったく動かなければ、そのコンプは何もしていません。逆に振り切ったまま戻ってこないなら、かけすぎです。数値を覚えるより、このメーターの動きを見るほうが確実です。
以下は歌ってみたのリードボーカルでよく使われる範囲です。正解ではなく、ここから耳で動かすための出発点として使ってください。声質・曲調・録音環境によって適切な値は変わります。
| つまみ | 出発点の目安 | 考え方 |
|---|---|---|
| レシオ | 2:1 〜 4:1 | まずは穏やかに。強く抑えたいときでも、深い1台より浅い2台に分けたほうが自然になりやすい |
| スレッショルド | サビでGRが3〜6dB動く位置 | 数値ではなくメーターの動きで決める。Aメロではほとんど動かない程度が目安 |
| アタック | やや遅め(10〜30ms前後) | 速すぎると「タ」「カ」などの子音の勢いが削られ、言葉が聞き取りにくくなる |
| リリース | 曲のテンポに合わせる | 次のフレーズが来るまでに戻りきる速さ。遅すぎると声が沈んだままになる |
| メイクアップゲイン | 抑えた分だけ戻す | バイパス(オフ)と切り替えて、音量が同じに聞こえる位置に合わせる |
アタックを速くすると、音の出だしの尖った部分(子音や息の当たり)が抑えられます。刺々しさは減りますが、同時に言葉の輪郭も丸くなります。「歌詞が聞き取れない」と言われる原因のひとつがこれです。
サ行だけが刺さるのであれば、コンプのアタックを速くするのではなくディエッサーという専用の処理を使うほうが、他を犠牲にしません。聞き取りやすさの切り分けは歌詞が聞き取れない原因と直し方にまとめています。
コンプは効いているかどうかが分かりにくい処理です。作業中は耳が慣れてしまうため、気づいたときには深くかかりすぎていることがよくあります。次のうちひとつでも当てはまったら、スレッショルドを上げるかレシオを下げてください。
「かかっていることに気づかないが、外すと物足りない」——これが、うまくいっているときの状態です。
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。音量ムラには、コンプで揃えられるものと、揃えられないものがあります。この区別を知らないまま設定をいじり続けると、いつまでも解決しません。
| 音量ムラの種類 | コンプで揃う? | 実際の対処 |
|---|---|---|
| フレーズごとの自然な強弱 | ◎ 揃う | まさにコンプの仕事。浅くかければ十分 |
| 単語ひとつだけ飛び出す | ○ ある程度 | 先に手作業で音量を書いてから、浅いコンプ |
| テイクによって音量が違う | △ 部分的 | つなぎ目の段差はコンプでは消えない。テイクの選び方とつなぎ方を参照 |
| マイクとの距離が動いて起きた差 | △ 部分的 | 音量は揃っても、声の質感の差は残る。マイクとの距離・角度を参照 |
| 高音で喉が締まって細くなった声 | × 揃わない | 音量が上がるだけで、力強くはならない |
| 小声で録った、芯のない声 | × 揃わない | 持ち上げるとノイズも一緒に上がる。家で声が出せない場合の録音を参照 |
| 音割れ(クリップ)した部分 | × 揃わない | 波形が欠けており、抑えても歪みは残る。録音が音割れする原因を参照 |
下の3つに共通しているのは、「音量の問題ではなく、声そのものの状態の問題」だということです。コンプが揃えられるのは音量だけで、声の芯や太さは作れません。この線引きの全体像はMIXで直せること・直せないことの境界線にまとめています。
実務でよく出会うパターンをひとつ。「サビだけ極端に音量が暴れる」場合、原因がコンプの設定ではなく、キーが自分に対して高すぎることがあります。
音域の上限ぎりぎりで歌うと、声を張らないと届かないため、サビだけ音量が跳ね上がります。同時に喉が締まって声質も変わるので、コンプで音量を揃えても、サビだけ声が違うという違和感は残ります。
この場合の近道は、設定をいじることではなく原キーを正しく調べることと、キーを何音下げるかを決め直すことです。自分の音域が分からない方は、声の音域チェッカーで先に測っておくと判断が早くなります。
もうひとつ、初心者の方がやりがちなことです。配布されているオフボーカル音源やinstに、自分でコンプをかけ直す必要は基本的にありません。
配布されている音源は、すでにMIXとマスタリングを終えた完成品です。そこにさらにコンプをかけると、せっかく整えられたバランスを崩すことになります。instと2mixの違いや、どの音源を使うべきかはinstとは?2mixとの違いと使い分けで整理しています。
ボーカルがオケに埋もれるなら、触るのはオケではなくボーカル側です。埋もれ・こもりの原因は声が埋もれる・こもる原因10個と直し方にまとめています。
「コンプをかければ音圧が上がる」という言い方を見かけますが、2つは目的も、かける対象も違います。
| ボーカルのコンプ | マスタリング | |
|---|---|---|
| かける対象 | ボーカルのトラック単体 | 全部を混ぜ終わった2mix全体 |
| 目的 | 歌の音量差を揃える | 曲全体の音量感と最終的な質感を整える |
| やる順番 | MIXの途中 | MIXが終わったあと |
ボーカルのコンプをどれだけ深くかけても、それは音圧競争とは別の話です。配信サービスでの聞こえ方まで含めた考え方は歌ってみたにマスタリングは必要?と配信で埋もれない音圧の話をあわせてどうぞ。
オーディオインターフェースや録音アプリには、コンプが内蔵されていることがあります。しかし録音時にかけたコンプは、音源に焼き付いて、あとから外せません。
深くかかった状態で届いた音源は、MIX側で調整できる幅がほとんど残っていません。「かけ録り」の見分け方と対処はエフェクトがかかったまま録音した音源は直せる?で詳しく扱っています。
音量ムラに関しては、依頼時にひとこと添えておくと行き違いが減ります。伝え方の例です。
・「Aメロが小さくサビが大きいので、音量差を揃えてほしいです」
・「ただしサビの勢いは残したいので、抑えすぎない範囲でお願いします」
・「録音時のコンプはかけていません(素の状態です)」
・「2番のこの歌詞のところだけ飛び出しているので、そこは個別に下げてください」
「音量を揃えたい」と「表情は残したい」は、同時に伝えて初めて意味を持ちます。前者だけ伝わると、のっぺりした仕上がりで返ってくる可能性があります。依頼文全体の型はMIX依頼の例文テンプレートを、修正のお願いの仕方はMIXの修正依頼のコツをご覧ください。
コンプは「上手にかける」ことより、「かけずに済む録音をする」ことのほうが効果が大きい処理です。息が安定していて、マイクとの距離が一定で、音割れしていない録音は、浅いコンプだけできれいに整います。設定に悩む時間があるなら、録り直しの1テイクのほうが近道なことは、実際によくあります。
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そもそも録音の音量が安定しない、という段階でつまずいている場合は、北池袋のレコーディングスタジオで一度録ってみるのも手です。マイクとの距離が固定され、部屋鳴りも入らない環境だと、音量ムラの原因が「機材・環境」なのか「歌い方」なのかを切り分けやすくなります。声の張り方そのものを整えたい方にはボイストレーニングもご案内しています。