「何て歌ってるか分からない、ってコメントが来ました」
これは、MIXのご依頼をいただくときに、いちばん多く聞く悩みのひとつです。音程は取れている。声も出ている。ノリも良い。それなのに、歌詞だけが届かない。
そして、この相談のときにほぼ全員が最初に口にするのが「自分は滑舌が悪いので」という一言です。
ですが、累計3,000曲ぶんのデータを受け取ってきた立場から言うと、滑舌だけが原因だったケースは、全体の3割ほどです。残りの7割は、録音のしかたか、MIXの段階か、あるいはその両方で言葉が消えています。
つまり、原因の場所を間違えたまま練習しても、直りません。
この記事では、次の3つを順番に整理します。
先に結論を書きます。歌ってみたで歌詞が聞き取れないとき、言葉が消えている場所は、次の3つのどれかです。
| 段階 | 何が起きているか | 直せる人 |
|---|---|---|
| ① 発声 | 子音が短い・弱い。母音に押しつぶされて言葉の輪郭が出ていない | 本人(練習・ボイトレ) |
| ② 録音 | マイクが遠い、角度が悪い、部屋の反響が多い。子音が空気と反響に散ってしまう | 本人(環境と機材の使い方) |
| ③ MIX | オケの中高域と声がぶつかっている。声の帯域処理が不足している | MIXエンジニア |
大事なのは、この3つは足し算だということです。①で7割しか出ていない子音が、②でさらに2割散り、③で処理されないまま埋もれると、聴き手に届くころには元の情報の半分も残っていません。
逆に言えば、3つのうち2つを整えるだけで、体感はかなり変わります。全部を完璧にする必要はありません。
日本語の音は、ざっくり子音と母音でできています。「か」なら K + A、「さ」なら S + A です。
このうち、声の大きさや太さを担当しているのは母音です。そして、「何と言っているか」を伝えているのは、ほぼ子音のほうです。
試しに、歌詞を母音だけで読んでみてください。「あいしてる」は「あいえう」になります。何を言っているのか、まったく分かりません。
ところが、子音は母音に比べて圧倒的に音が小さく、時間も短いという性質があります。長さで言えば、母音が0.2秒鳴っているあいだ、子音は0.03秒ほどしかありません。
つまり「言葉を運ぶ情報は、いちばん消えやすい形で入っている」ということです。ここが、この問題のすべての出発点です。
もう少しだけ技術的な話をします。
音は「高さ」ごとに分けて考えることができ、その帯域のことを周波数(単位はHz/ヘルツ)と呼びます。人の声の場合、おおまかに次のように分かれています。
| 帯域 | 担当している要素 | 足りないとどうなるか |
|---|---|---|
| 100〜300Hz | 声の太さ・重心 | 声が細く、頼りなくなる |
| 300〜800Hz | 声の芯・厚み | 薄っぺらくなる(多すぎるとこもる) |
| 2k〜5kHz | 子音・言葉の輪郭 | 歌詞が聞き取れなくなる |
| 6k〜10kHz | サ行・シャ行、空気感 | 暗くなる(多すぎると刺さる) |
ここで問題になるのが、オケの多くの楽器も、まさに2k〜5kHzを使っていることです。歪んだギター、シンセのリード、スネアの抜け、シンバル。バンドサウンドの「気持ちよさ」を作っている成分と、歌詞の情報が、同じ場所で殴り合いをしている状態です。
だから、声の音量を上げても歌詞は聞こえるようになりません。音量ではなく、帯域の取り合いの問題だからです。
補足:音量バランスそのものについては歌ってみたの音量バランスで詳しく扱っています。「声は前に出ているのに歌詞は分からない」という状態は、まさに音量と明瞭度が別問題であることの証拠です。
ここからが実践です。自分の音源がどの段階で言葉を失っているのか、順番に確かめます。用意するものは、録音したボーカルだけの音源(オケなし)と、完成した2MIXの2つです。
まず、オケを止めて、自分の声だけを再生してください。そのうえで、歌詞を見ずに聴きます。
| 結果 | 判定 |
|---|---|
| 声だけでも聞き取れない | ① 発声または② 録音の問題。テスト2へ進んでください |
| 声だけならはっきり聞き取れる | ③ MIXの問題。オケとのバランスと帯域処理で改善できます |
この時点で「声だけなら聞こえる」となった方は、練習は不要です。MIXの調整だけで解決します。ここを勘違いして何か月もボイトレに通うのは、時間の使い方としてもったいないです。
次に、同じ歌詞を歌わずに、普通に音読して、同じマイクで録音してください。テンポは無視して構いません。
| 結果 | 判定 |
|---|---|
| しゃべりでも聞き取りづらい | ② 録音の問題(マイクの距離・角度・部屋)。または滑舌そのもの |
| しゃべりならはっきりしている | ① 発声の問題。歌になった瞬間に子音が消えています |
「しゃべりは平気なのに歌うとダメ」というのは、実はとても多いパターンです。歌おうとすると、多くの人は無意識に母音を長く、きれいに伸ばそうとします。その結果、子音を置く時間が削られます。
最後に、完成した2MIXをスマートフォンの内蔵スピーカーで、いつもより小さめの音量で流してください。
小さい音量では、人の耳は中高域を相対的に拾いにくくなります。つまり、言葉が弱い箇所だけが先に消えます。ここで消える場所が、実際にリスナーが聞き取れていない場所です。
消えた箇所の秒数をメモしてください。このメモが、あとでMIXを依頼するときにそのまま使えます。
テスト2で「歌うと消える」と分かった方向けです。ここは練習で確実に変わる領域です。
いちばん効くのがこれです。日本語の歌は、放っておくと母音が伸びます。意識して母音を切り上げ、そのぶんの時間を子音に回します。
具体的には、「ka」の k を、拍のうえに乗せるのではなく、拍の少し手前から置き始めます。母音のAが拍ちょうどに来るように配置すると、リズムを崩さずに子音の時間が確保できます。
これはプロの歌手が全員やっていることですが、意識して教わる機会はほとんどありません。
カ行・タ行・パ行は、口の中でいったん空気を止めてから開放する音です。この「溜め」が浅いと、子音が発音されずに母音だけが出ます。
練習としては、歌詞の中のカ行・タ行・パ行にペンで丸をつけ、そこだけ大げさに歌ってみるのが手っ取り早いです。録音して聴き返すと、大げさにやったつもりでも、再生ではちょうど良く聞こえることがほとんどです。
テンポの速い曲は、音程をつける前にリズムだけに乗せて歌詞を読む練習をしてください。読めない箇所は、歌っても読めません。
読めない箇所が見つかったら、テンポを70パーセントほどに落として、子音を長めに置いた状態で歌います。そこから少しずつ元のテンポに戻していくと、速度が上がっても言葉が潰れにくくなります。
意外と見落とされますが、息が足りない状態で入ったフレーズは、ほぼ必ず言葉が潰れます。子音は息の圧力で作る音なので、息がないと物理的に出せません。
歌詞カードにブレス位置を書き込み、毎回同じ場所で吸う。これだけで後半の明瞭度が変わります。ブレスの音そのものが気になる場合は、息継ぎ(ブレス)の処理もご覧ください。
ここは、今日から変えられて、いちばん費用対効果が高い領域です。機材を買い替える必要はありません。
口からマイクまで、15cmから20cm。握りこぶし1つ半が目安です。
| 距離 | 起きること |
|---|---|
| 10cm未満 | 低音が過剰に持ち上がり、こもる。破裂音の風も入りやすい |
| 15〜20cm | 推奨。子音と部屋の反響のバランスが良い |
| 30cm以上 | 部屋の反響が増え、子音が反響に溶ける。歌詞が遠くなる |
特に注意したいのが、歌っている最中に距離が変わることです。サビで身体をのけぞらせると、そこだけ20cm遠くなります。サビこそ言葉を届けたい場所なのに、そこで最も反響が増えるという、いちばんもったいないパターンです。
マイクの真正面に口を向けると、パ行・バ行の破裂音でマイクに風が当たり、「ボフッ」という低い音(ポップノイズ)が入ります。
これを後からMIXで消すには、低域を削るしかありません。つまり、ポップノイズを直すほど、声が痩せていきます。
対策は簡単で、マイクの正面から15度ほど横にずらして歌う、あるいはマイクを少し上または下に振ることです。ポップガードがあればもちろん併用してください。
子音は音が小さいため、部屋の反響にいちばん先に埋もれます。フローリングで壁が裸の部屋は、それだけで明瞭度が落ちます。
お金をかけずにできる順に並べると、次のとおりです。
詳しくは宅録の吸音・部屋づくりにまとめています。また、そもそも家で大きな声が出せないという方は小さい声でも成立する録音のしかた、自宅とスタジオの比較は宅録とスタジオ録音の違いが参考になります。
ここからは、私たちMIX側の担当範囲です。できることと、できないことを正直に書きます。
| 処理 | 何をしているか | 効果 |
|---|---|---|
| EQ(2k〜5kHz) | 子音が入っている帯域を持ち上げる | 言葉の輪郭がはっきりする。ただし上げすぎると耳が疲れる |
| ダイナミックEQ | 声が鳴っている瞬間だけ、オケの同じ帯域を下げる | オケの厚みを保ったまま歌詞が前に出る。最も効果が大きい処理 |
| コンプレッサー | 大きい音を抑え、小さい音を持ち上げる | フレーズ後半の弱い子音が埋もれにくくなる |
| ディエッサー | サ行・シャ行の刺さる成分だけを、鳴る瞬間だけ抑える | 明瞭度を保ったまま耳の痛さを取れる |
| 音量オートメーション | 聞き取りにくい単語だけ、手作業で音量を書く | ピンポイントで確実。手間はかかるが最も自然 |
| 子音だけの複製トラック | 子音部分だけを別トラックで少し持ち上げる | 声質を変えずに言葉だけ立たせられる |
この中でいちばん強力なのがダイナミックEQです。ボーカルが鳴っていない間はオケがフルで鳴り、歌い出した瞬間だけオケの2k〜4kHzがわずかに引っ込む。聴いている側は「オケが下がった」とは気づかず、ただ「歌詞が聞こえる」と感じます。
ご自身で作業される場合も、オケ側に一つEQを挿し、3kHz付近を2デシベルほど下げてみるところから試してみてください。それだけでも変化はわかるはずです。
正直にお伝えします。次のケースは、MIXでは元に戻せません。
MIXで直せる範囲の全体像はMIXで直せること・直せないことに、ビフォーアフターの考え方はMIX前後で何が変わるかにまとめています。
ここまでの内容を、症状から逆引きできる形にまとめます。
| 症状 | いちばん疑うべき原因 | 最初にやること |
|---|---|---|
| 声だけなら聞こえる | MIX(オケとの帯域の取り合い) | オケの3kHz付近を下げる/MIXに相談 |
| 声だけでも聞こえない | 発声または録音 | しゃべりで録って比較(テスト2) |
| Aメロは平気、サビで消える | 録音(サビでマイクから離れている) | 距離を一定に保つ。難しければサビだけ録り直し |
| フレーズの後半だけ消える | 発声(息切れ) | ブレス位置を決め直す |
| 早口の曲だけ消える | 発声(母音が長い) | 音程なしでリズム読み→テンポ70%練習 |
| 全体的にモヤっとしている | 録音(部屋の反響) | マイク背面に布・カーテンを閉める |
| サ行だけ耳に刺さる | MIX(高域の突出) | ディエッサー。全体の高域は下げない |
| 「ボフッ」と低い音が入る | 録音(ポップノイズ) | マイクから15度ずらす/ポップガード |
| スマホだけ聞こえない | MIX(中高域の不足) | 2k〜5kHzを確認。低域偏重になっていないか |
最後に、実務的なところを。「もっとクリアにしてください」だけだと、どこまでやるかの基準が共有できず、やり取りが往復します。
次の3つを添えるだけで、1回で狙いどおりに仕上がる確率が大きく上がります。
そのままコピーして使える形にしておきます。
依頼文そのものの書き方はMIX依頼の例文テンプレートに、ファイルの渡し方は音源の渡し方・ファイル便の使い方とファイル命名規則にまとめています。修正のやり取りについてはMIXの修正はどこまで頼める?もどうぞ。
滑舌は原因のひとつですが、それだけではありません。歌詞が届かない理由は、発声・録音・MIXの3段階に分かれます。実際の現場では、3つのうち2つが同時に起きていることが多く、滑舌だけを練習しても解決しないケースがよくあります。まずはどの段階で言葉が消えているのかを切り分けるのが先です。
かなりの範囲まで改善できます。人が言葉を聞き分けるとき、主な手がかりは2kHzから5kHz付近の帯域です。ここに含まれる子音の情報がオケに隠れていると、音量は十分でも言葉だけが届きません。MIX側ではその帯域を持ち上げる、オケ側を歌の瞬間だけ下げる、子音のタイミングだけ音量を上げる、といった処理で明瞭度を上げられます。ただし、録音の時点で子音がほとんど入っていない場合は限界があります。
マイクとの距離と角度です。口からマイクまでを握りこぶし1つ半(15cmから20cm)に保ち、マイクの正面から少しだけ横にずらして歌ってください。遠いと反響に子音が埋もれ、近すぎるとこもります。正面から真っすぐ歌うと破裂音で風が当たり、その処理のために低域を削ることになって声が痩せます。
滑舌をはっきりさせること自体は正しい方向です。刺さって聞こえるのは6kHzから10kHz付近の成分が突出しているためで、ディエッサーという処理で狙って抑えられます。注意したいのは、全体の高域を下げて対処してしまうことです。刺さりは減りますが、言葉の輪郭も失われます。
母音を短くして、子音の時間を確保するのが基本です。まず歌詞を音程なしでリズムだけに乗せて読んでみてください。読めない箇所は歌っても読めません。そのうえでテンポを70パーセントほどに落とし、子音を長めに置いて歌い、少しずつ元のテンポに戻します。
単純にオケを下げると曲全体が痩せます。実務では、オケの中の「声とぶつかっている帯域だけ」を、声が鳴っている瞬間だけ下げます。ギターやシンセの2kHzから4kHz付近が、ちょうど子音の情報と重なりやすい帯域です。
自分は歌詞を知っているからです。人の耳は知っている言葉を補完して聞き取ります。歌詞を知らない人に一度だけ聴いてもらうか、スマートフォンの内蔵スピーカーで小さめの音量で流してみてください。言葉が弱い箇所がはっきり浮かび上がります。
「歌詞が聞き取りづらいので明瞭度を上げてほしい」と伝えたうえで、気になる箇所を秒数で指定してください。あわせて参考にしたい既存曲を1曲挙げていただけると、どの程度まではっきりさせるかの基準が共有できます。
MIXをしていて、いちばんはっきり「良くなった」と感じられる瞬間が、この明瞭度の調整です。
音程を直しても、音圧を上げても、聴いている人の反応はそこまで劇的には変わりません。ですが、それまで聞き取れなかった一行が聞こえるようになった瞬間、曲の印象そのものが変わります。歌詞の意味が乗るからです。
そして、これは高い機材や長い経験がなくても届く場所にあります。マイクとの距離を20cmに保つ。子音を少し前から置く。この2つだけでも、聴いている人にはちゃんと伝わります。
そのうえで残った部分は、MIXの仕事です。「ここが聞き取れない」と秒数で教えていただければ、そこを狙って直します。
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