「腹式呼吸をしましょう」と言われて、お腹に手を当ててふくらませてみた。たしかにふくらむ。けれど、これで合っているのかどうかが分からない——腹式呼吸でいちばん多いつまずきは、やり方そのものではなく、できているかを自分で判定できないことです。
この記事では、腹式呼吸のやり方を3ステップで整理したうえで、スマホの録音と波形を使って、できているかどうかを目で見て判定する方法を紹介します。感覚ではなく、記録に残る形で確かめる方法です。歌ってみたのMIXを日常的に扱っている立場から、「息が安定している音源」と「していない音源」が実際にどう違って見えるのかも、あわせて書いておきます。
いちばん最初に、誤解をひとつ外しておきます。
お腹に空気は入りません。空気が入るのは肺だけです。では、なぜお腹がふくらむのか。肺の下には横隔膜(おうかくまく)というドーム状の筋肉があり、これが下に動くと肺が広がって息が入ります。同時に、横隔膜の下にある内臓が押し下げられ、その分だけお腹が前に出る。これが「お腹がふくらむ」の正体です。
つまりお腹のふくらみは、目的ではなく結果です。ここを取り違えると、お腹を意識的に突き出すだけの動きになり、肝心の息のコントロールにつながりません。
普段の生活では、多くの人が胸式呼吸と腹式呼吸を無意識に混ぜて使っています。「胸式呼吸が悪いもの」ではありません。歌うときに向いているのがどちらか、という話です。
| 観点 | 胸式呼吸 | 腹式呼吸(横隔膜呼吸) |
|---|---|---|
| 主に動くところ | 肋骨・肩まわり | 横隔膜(お腹が前に出る) |
| 見た目の特徴 | 吸うと肩が上がる | 吸っても肩がほぼ動かない |
| 息を出す長さ | 短くなりやすい | 長く保ちやすい |
| のどへの負担 | 力みが入りやすい | 比較的入りにくい |
| 向いている場面 | 短い会話、運動時 | 歌唱、ロングトーン、朗読 |
見分けかたでいちばん簡単なのは肩です。息を吸ったときに肩が持ち上がっていたら、胸式が優位になっている合図と考えて差し支えありません。鏡の前で数回吸ってみてください。
立ったまま練習を始めると、多くの人が「お腹を突き出す動き」に置き換えてしまいます。あお向けに寝ると、体の構造上ほとんどの人が自然に腹式寄りの呼吸になります。そこで正解の感覚を先に覚えてから、姿勢を起こしていく順番が確実です。
ステップ3まで来たら、次の章の判定テストに進んでください。ここからが、この記事の本題です。
手をお腹に当てる確認方法には、決定的な弱点があります。感覚に頼るため、できている気になりやすいことです。しかも、うまくいった日とそうでない日を比べられません。
そこで、スマホのボイスメモで録って、波形を見る方法をおすすめします。波形とは、音の大きさを時間の流れに沿って描いたグラフのことです。iPhoneのボイスメモやAndroidの録音アプリでも、録音後に波形が表示されます。より細かく見たい場合は、無料のDAW(音楽制作ソフト)に読み込むとさらに分かりやすくなります。
「アーーー」と15秒伸ばして録音し、波形の形を確認します。
| 波形の形 | 読み取れること |
|---|---|
| 横長の帯のように、太さがほぼ一定 | ◎ 息が一定に流れています。目標の状態です |
| 右に行くほど細くなる(右下がり) | 息が後半で足りなくなっています。前半で使いすぎている合図です |
| ギザギザと波打っている | 息の量が細かく揺れています。支えが安定していません |
| 最初だけ太く、すぐ細くなる | 吸った直後に一気に漏らしてしまっています。いちばん多いパターンです |
ポイントは、上手い下手を判定しているのではないということです。これは「息が一定かどうか」だけを見ているテストです。だからこそ、練習の前後で比べる材料になります。
歌を1コーラス録音して、息を吸っている箇所だけを聞き返します。
ブレス音は、MIXの現場でも扱いの難しい部分です。鋭いブレスは耳に残りやすく、処理で小さくすると今度は不自然になります。詳しくはブレス・息継ぎノイズの処理(消しすぎない加減)にまとめています。録音の時点で静かに吸えていれば、そもそも処理の必要が減ります。
波形の中で、フレーズの終わり(語尾)だけに注目します。語尾が急にストンと細くなっているなら、息が最後まで持たずに切れている状態です。
これは聴感上「言葉が尻すぼみになる」「歌詞が聞き取りにくい」と受け取られる原因のひとつになります。語尾の処理は歌詞の伝わりやすさに直結するので、気になる方は歌詞が聞き取れないと言われる原因と直し方もあわせてどうぞ。
ここは、MIXを預かる側からの話です。
音量の波は、コンプレッサー(大きい音を抑えて、音量差を縮める処理)である程度ならすことができます。ですから「息が不安定だとMIXできない」わけではありません。実際、ほとんどの音源には多かれ少なかれ波があります。
ただし、コンプレッサーは音量差を縮める処理なので、小さい部分を持ち上げるときに、その部分に含まれるノイズや部屋の反響も一緒に持ち上がります。息が大きく揺れている音源ほど強くかける必要があり、その分だけ副作用も大きくなります。エアコンの音や部屋鳴りが目立ってくるのは、たいていこの経路です。
そして、加工では戻せないものもあります。
逆に言えば、呼吸が安定した音源は、コンプレッサーを浅くかけるだけで済みます。浅くかけられるということは、ノイズも持ち上がらず、声の自然さも保たれるということです。仕上がりの差は、ここでかなり決まります。同じことは声量がない・小さいと言われる人へでも別の角度から扱っています。
| 時期 | やること | 目安 |
|---|---|---|
| 1週目 | あお向けで4秒吸って8秒吐く | 5分/日 |
| 2週目 | 座って同じ呼吸+「スー」15秒 | 5分/日 |
| 3週目 | 立って(壁に背中)+「アー」15秒を録音 | 5分/日 |
| 4週目 | 歌の長いフレーズ1行に乗せる+録音して1週目と比較 | 5〜10分/日 |
週の終わりに1回だけ、テスト1のロングトーンを録っておいてください。4週目に4本並べて波形を見るのが、この練習のいちばんの目的です。
なお、練習前に声が出やすい状態を作っておくと、呼吸だけに集中しやすくなります。歌う前のウォームアップ・発声練習を先にどうぞ。のどの調子が悪い日は無理をせず、喉を守る・声を枯らさない方法を優先してください。
4週間続けても波形が安定しない場合、原因が呼吸の外にあることがあります。
教室を検討する場合の見るべき項目は、ボイトレ教室の選び方|料金相場・体験レッスンで見る7項目に整理しています。
また、部屋の反響が判定の邪魔をしている場合は、防音された環境で一度録ってみると切り分けが早く済みます。北池袋のセルフ録音スタジオや、自宅とスタジオの違いもご参考にどうぞ。
いいえ。空気が入るのは肺だけです。横隔膜が下に動くと、その下にある内臓が押し出されてお腹がふくらんで見えます。「お腹に空気を入れる」は、その見た目を説明するための言い回しです。
スマホで15秒のロングトーンを録音し、波形を見るのがいちばん確実です。息が安定していれば波形は横長の帯のような形になります。手をお腹に当てる方法は感覚に頼るため、できている気になりやすいという弱点があります。
個人差が大きく、一概には言えません。ただし「寝た姿勢で感覚をつかむ」ところまでは、多くの人が数日から2週間程度で到達します。時間がかかるのは、立った姿勢や、歌いながら同じ状態を保つ段階です。
肺活量そのものが原因であることは、あまり多くありません。多くの場合は、吸った息を必要以上に速く漏らしてしまっている状態です。吸う量を増やすより、出ていく息を一定に保つ練習のほうが、結果につながりやすいと考えられます。
音量の波はコンプレッサーである程度ならせます。ただし小さい部分を持ち上げる際にノイズや部屋鳴りも一緒に持ち上がります。声の芯が細くなる、語尾の子音が消えている、といった部分は加工では戻せません。
長時間やるより、短く毎日続けるほうが向いています。この記事では1日5分を4週間の目安として紹介しています。息を止めて苦しくなるまで粘るような練習は避けてください。
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