「録り終わってから、リバーブがかかったままだったことに気づきました。これ、消せますか?」
MIXのご依頼をいただくなかで、毎月かならず届くご相談です。しかも、送っていただいた音源を聴いてこちらから先にお伝えするケースのほうが、実際には多いくらいです。ご本人はまったく気づいていません。
これを、業界の言葉で「かけ録り」と呼びます。エフェクトをかけた状態のまま録音してしまうことです。
先に結論を書きます。
この記事では、次の順番で整理します。
まず、誤解を解いておきます。かけ録りは「マナー違反」ではありません。MIX師がうるさいことを言っている、という話でもありません。
問題は、もっと物理的なところにあります。
MIXの作業は、おおまかに次の順番で進みます。
ここで大事なのは、④のリバーブは、①〜③が終わったあとにかけるという点です。順番に意味があります。
ところが、かけ録りされた音源は④が最初から入った状態で届きます。すると、①でノイズを取ろうとすれば残響ごと不自然に途切れ、②で音量をそろえようとすれば残響まで一緒に持ち上がり、③で帯域を整えようとすれば残響の音色まで変わってしまいます。
料理でたとえるなら、下ごしらえの前に、すでにソースがかかっている状態です。ソースの味は変えられますが、食材そのものの味付けはもう調整できません。
歌ってみたのMIXでは、オケの空間の広さに合わせて、声の残響を決めます。オケが狭い空間の曲なら声も狭く、広い曲なら声も広く。この調整で、「オケと同じ部屋で歌っているように聞こえるかどうか」が決まります。
かけ録りされた残響は、この判断より前に決まってしまっています。曲に合っていれば幸運ですが、合っていない場合、声だけが別の部屋にいるように聞こえます。そして、それを減らす手段がありません。
特別なソフトは要りません。順番に3つ確認してください。
歌の中で、言葉を短く切っているフレーズを探して再生します。「〜した。」「〜だよ。」のように、パッと終わる箇所です。
声を止めた直後に注目してください。
| 聞こえ方 | 疑われるもの |
|---|---|
| スパッと静かになる | 問題なし(ドライな状態です) |
| フワッと尾を引く | リバーブ |
| 同じ言葉が薄く繰り返す | ディレイ(やまびこ) |
| スーッという音が残って消える | リバーブ、または部屋の反響 |
ヘッドホンで聴いてください。スピーカーやスマホの内蔵スピーカーだと、部屋の反響と混ざって判別できません。
DAWをお使いなら、そのまま波形を拡大してください。DAWがない場合は、無料の波形編集ソフト(Audacityなど)に読み込むだけで確認できます。
見るのは、歌い終わった直後です。
この「しっぽ」の長さが、そのままリバーブの長さです。0.5秒より短ければ救済できる可能性が高く、1秒を超えるとかなり厳しくなります。
イントロや間奏など、歌っていない部分を、音量を上げて聴いてください。
| 聞こえ方 | 疑われるもの |
|---|---|
| 一定の「サー」というノイズが続く | 問題なし(正常な状態です) |
| ノイズがスパッと途切れる/不自然に揺れる | ノイズ抑制(ノイズゲート) |
| ノイズが呼吸するように大小する | 強いコンプレッサー |
| まったくの無音(完全に平ら) | ノイズゲート、または配信ソフトのフィルター |
ここは見落とされがちですが、実務ではいちばん厄介な場所です。ノイズ抑制がかかっていると、無音部分がきれいな代わりに、語尾や小さな子音まで一緒に削られています。削られたものは戻せません。
実際にご依頼をお受けするときの、こちらの判断基準です。
| かかっているもの | 戻せるか | 実際のところ |
|---|---|---|
| リバーブ(軽い) | △ かなり減らせる | 専用の処理で目立たなくできます。声の質感がわずかに変わります |
| リバーブ(深い) | × 実質むり | 残響1秒以上、または風呂場のような音は録り直しを推奨します |
| ディレイ | × むり | 繰り返しの音が声に重なっており、分離できません |
| EQ(軽い) | ◯ ほぼ問題なし | 逆方向の補正である程度戻せます。心配は要りません |
| コンプ(軽い) | ◯ ほぼ問題なし | そのままMIXできます。むしろ扱いやすい場合もあります |
| コンプ(強い) | △ 制限あり | 音量の起伏が潰れています。抑揚は戻りません |
| ノイズ抑制 | × むり | 語尾・子音・息が削られています。削られた情報は復元できません |
| オートチューン | × むり | ピッチ情報が書き換わっています。元の音程は残っていません |
| ボイスチェンジャー | × むり | 声そのものが別物になっています |
| マキシマイザー (音圧上げ) | △ 制限あり | ピークが潰れています。MIXでの余白が減ります |
表を見ていただくと分かるとおり、「音を足す系」は減らせる余地があり、「情報を削る系・書き換える系」は戻せません。この線引きが、判断のいちばんの軸になります。
ここからは、実際のご依頼でよく見つかる6パターンです。心当たりのあるところだけ読んでください。
配信向けの機種には、本体側でリバーブやコンプをかける機能が付いていることがあります。ツマミやボタンで操作できるので手軽ですが、機種と設定によっては、その効果がかかった信号がそのままパソコンに送られます。
つまり、配信で気持ちよく聞こえていた音が、そのまま録音されているということです。
確認と対処は次のとおりです。
3番目が、いちばん大事です。設定画面の見た目と、実際に録れる音は、必ずしも一致しません。耳で確認するまでは「オフになっているはず」でしかありません。
意外と多いのがこれです。本人はまったく何も設定していないのに、標準でオンになっていることがあります。
Windowsの場合、サウンドの設定からマイクのプロパティを開くと、「拡張」や「オーディオ強化」といった項目があり、そこにノイズ抑制・エコー除去・音量の自動調整が並んでいることがあります。ここがオンだと、録音される音がすでに加工されています。
対処は、これらをすべてオフにするだけです。項目名や場所はOSのバージョンによって変わるため、「マイク」「拡張」「効果」といった言葉を手がかりに探してみてください。
OBSなどの配信ソフトには、マイクにフィルターを追加する機能があります。ノイズ抑制、ノイズゲート、コンプレッサーが定番です。
配信では有効ですが、そのまま録音機能を使うと、フィルターがかかった音が保存されます。また、通話アプリを起動したまま録音すると、アプリ側のノイズ抑制がマイクに影響することもあります。
歌の録音をするときは、配信ソフト・通話アプリをすべて終了してから録るのが安全です。これだけで防げるトラブルは、かなりの数あります。
スマホの音楽録音アプリの多くは、初期状態でエフェクトや自動マスタリングが有効になっています。「そのまま投稿できる音」を目指した設計なので、当然といえば当然です。
MIXに出す場合は、設定画面で次を確認してください。
スマホ録音そのものは、環境さえ整っていれば十分に使えます。詳しくはスマホでの歌ってみた録音のやり方にまとめています。
DAWをお使いの方でいちばん多いのが、これです。録音自体はきれいなのに、書き出したファイルにエフェクトが乗っている。
原因は、歌のトラックにモニター用として挿したプラグインが、そのまま書き出しにも適用されていることです。
対処はシンプルです。書き出しの直前に、歌トラックのプラグインをすべてバイパス(無効化)してください。マスタートラックに何か挿している場合も同様です。
「あとで戻すのが面倒」という場合は、プラグインを挿す前の状態を、別トラックとして複製して残しておくのが確実です。書き出し用トラックと、モニター用トラックを分けてしまうわけです。
オーディオインターフェースの「ループバック」機能を使うと、パソコンで鳴っている音とマイクの音をまとめて録音できます。配信では便利ですが、歌ってみたのMIX用には向きません。
理由は2つあります。ひとつは、パソコン側でかかっているエフェクトが全部乗ること。もうひとつは、オケと声が同じファイルに混ざってしまうことです。混ざったものは分離できないため、MIXそのものができません。
歌ってみたの録音では、オケと声は必ず別のファイルにしてください。この点は2MIXとINSTの違いで詳しく説明しています。
ここがいちばん悩むところだと思います。判断の軸は、次の2つだけです。
| 状況 | おすすめ | 理由 |
|---|---|---|
| 軽いリバーブ (しっぽ0.5秒以下) | そのまま依頼 | 実用レベルまで減らせます。録り直しの手間に見合いません |
| 軽いEQ・軽いコンプ | そのまま依頼 | ほぼ影響しません。気にしなくて大丈夫です |
| 深いリバーブ (しっぽ1秒以上) | 録り直し推奨 | 減らすほど声が痩せます。録り直したほうが確実に良くなります |
| ノイズ抑制 | 録り直し推奨 | 語尾・子音が削られています。戻す方法がありません |
| オートチューン (意図していない) | 録り直し推奨 | ピッチが書き換わっています。自然には戻せません |
| オートチューン (狙ってかけた) | そのまま依頼 | 演出として成立しています。その旨を伝えてください |
| ループバックで オケと混ざった | 録り直し必須 | 声とオケを分離できないため、MIX作業自体ができません |
いちばん避けたいのは、判断がつかないまま丸1日かけて録り直して、実は録り直す必要がなかったというパターンです。逆に、そのまま依頼して、着手後に「これは録り直しが必要です」と言われるのも、お互いに時間の無駄になります。
ですので、YOUMIXではご依頼前の音源チェックを無料でお受けしています。サビの30秒だけで構いません。判定して、録り直しが必要かどうかをお返事します。
また、その場で自分で確かめたい場合は、無料のMIXセルフチェックツールもご利用いただけます。
ここまで読んで、「じゃあエフェクトは一切使うな、ということ?」と思われたかもしれません。違います。
むしろ逆で、自分の耳に返す音(モニター)には、軽くリバーブをかけることをおすすめします。
完全にドライな自分の声は、驚くほど頼りなく聞こえます。その状態で歌うと、多くの人は無意識に力んで、声を張ってしまいます。結果として、音程が不安定になり、喉も早く疲れます。
軽くリバーブがかかっていると、声が自然に伸びて聞こえるため、力まずに歌えます。これはプロの現場でも標準的にやっていることです。
大事なのは、その音が録音される経路に入らないようにする、この一点だけです。
DAWでは、リバーブを歌トラックに直接挿すのではなく、センド(AUX/FXトラック)経由でかけ、書き出し時にそのトラックをミュートする、という形にします。
オーディオインターフェース本体のエフェクトを使う場合は、その効果がパソコンに送る信号にも乗るかどうかを、10秒の試し録りで確認してください。乗らない機種であれば、そのまま安心して使えます。
かけ録りが疑われる音源をご依頼いただくとき、先に伝えていただけると、やり取りの回数が確実に減ります。
こちらとしても、「これは意図した演出なのか、それとも事故なのか」が分からないと、勝手に判断できません。そのままにして「なぜ直っていないのか」と言われるのも、消して「なぜ消したのか」と言われるのも、どちらも避けたいところです。
依頼文のより詳しいテンプレートは、MIX依頼の例文テンプレート集にまとめてあります。ファイルの渡し方は音源の渡し方・ファイル便の使い方、命名のしかたはMIX依頼のファイル命名規則をご覧ください。
まったく必要ありません。気づいて伝えてくださること自体が、いちばん助かります。謝罪よりも、「どの機材で」「どんな設定で」録ったかを教えていただけるほうが、はるかに役に立ちます。原因が特定できれば、次回から起きなくなります。
いま公開しているものは、そのままで構いません。すでに聴いてくれた人がいる作品を、後から差し替える必要はありません。大事なのは次の1本です。
仕組みは違いますが、MIX側から見た困りかたはほぼ同じです。どちらも「声に残響が混ざっている」状態だからです。ただし、部屋の反響は録音環境を変えれば減らせます。吸音材や録音位置の工夫については宅録の吸音・部屋づくりにまとめています。反響が強くて悩んでいる場合は、北池袋のレコーディングスタジオでの収録もご検討ください。
10秒の試し録りを、毎回やることです。設定を覚えるより、確認する習慣をつけるほうが確実です。機材も設定も、アップデートで勝手に変わることがあります。
気持ちは分かりますが、おすすめしません。音量が足りない場合は、コンプではなくマイクとの距離と入力レベルで調整してください。詳しくは声量がない・声が小さい人のための対策と小さい声でも成立する録音のしかたをご覧ください。
この記事の要点を、3行にまとめます。
最後にひとつだけ。かけ録りに気づいたとき、多くの方が「自分は機材のことが分かっていない」と落ち込まれます。ですが、これは知識の問題ではなく、確認の習慣の問題です。経験の長い人ほど、毎回律儀に試し録りをしています。分かっているからこそ、確認します。
そして、すでに録ってしまった音源については、ひとりで悩まずに聴かせてください。救えるかどうかは、30秒あれば判断できます。
累計3,000曲のMIXで毎回確認している10項目を、自分で採点できるシートにしました。依頼文テンプレート集と宅録チェックシートもセットです。所要15分、メールアドレスだけで受け取れます。
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